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Zoomaism~ズーマの音楽日記~

5/15ライン@掲載記事「クラシック」

ここ最近、朝の移動中などは特にそう。

クラシックを聴いている。

僕がクラシック、あり得ない、僕もそう思う(笑)

クラシックと言っても、モーツアルト、ベートーベン、
バッハをループさせてるだけだが。

クラシック自体、聴いていてすごく心地よいが、他に理由が
あるみたいだ。

まず朝は、静かにしたい、落ち着きたい、あとこれ一番だと思う。

考えるスペースがほしい、かつ、音楽がほしい。

無音はちよっと違う気がする。

クラシックを静かに流していると、ちゃんと考えるスペースは確保できる。

さらに、音楽を浴びている感覚にもなれる。

さすがにロックを聴きながら考えることもできなし、落ち着けない。

まさに岩の塊がこちらに向かって転がってくる感覚なので、おちおち
考え事などできる訳がない。

ところで、クラシックって、あの時代、バロック時代?に生まれた
音楽のこと?

クラシックカーと言えば、いわゆる旧車のことであり、昭和初期に造られた
モデルは昭和中期になっても、まだクラシックカーとは言わない。

ところが、今や令和、令和の時代からすれば昭和初期の車はクラシックカーだろ。

音楽でいうクラシックってのは、ジャンルのことか?時代のことを言っているのか?

あるとしたらネオ・クラシックみたいなのもあるのか?

確か、小中の音楽の教科書に書いてあったような・・

まぁ、僕はこれから少なからずクラシックを掘り下げる訳で、
より音楽の幅が広がっていくのが楽しみで仕方ない。

昔は頑なだった、俺はロックしか聴かないとか言っていた時期も
あった・・若かった。

でも、そういう感じも嫌いじゃないけど。

今は、あらゆるものに線を引きたくない。

丸くなった、賢くなった・・いや、違う。

感覚、感性が少々変化してきただけだ。

良いも悪いもない、それが感性だ。
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  1. 2019/05/15(水) 06:33:43|
  2. 未分類
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  4. | コメント:1

コメント

音楽ネタにばかりコメント

 クラシックを日本語訳するなら西洋古典音楽といったところか。西洋において楽器が近代化されたり、ピタゴラスが作った平均律音階を洗練させたり、現在に続く音楽理論が発達したり。昔は世界の本質(真理)に迫る学問の一つとして音楽理論が位置付けされていたとか(ちょっとソースが無いのでうろ覚え)。

 クラシックの特徴は極めて理論的で美しいこと。解釈も演奏者によって異なるが、それが楽しみでもある。大抵は作曲者の意向を汲んだ解釈となるが、中にはグレン・グールドやチェリビダッケのような自己流解釈の演奏もある。ただ完璧さを求めるあまり、ミスタッチを許さなかったり、テクニック偏重となって形骸化するきらいも無いわけでも無い。

 クラシックを落語の古典と思えば分かりやすい。昔からある演目でも解釈は時代によって違うし、噺家によって異なり、様々な形が存在しうる。この”様々な形”の存在を肯定する懐の広さや時代の評価に左右されない、それが古典だと思う。

 食事に例えると更に分かりやすい。昔からジャンクフードやファストフードばっかりだった人が年齢を重ねて和食の価値を再発見し、最近はおひたしが好物、みたいなもんでしょ?
  1. 2019/05/15(水) 22:47:50 |
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  3. Shrimp #-
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